青天の霹靂で就任した女性杜氏が、酒造りに向き合い、蔵人との距離を縮めた奮闘の日々に迫る

笹の川酒造の看板には、数多くの受賞歴が

福島県郡山市にある「笹の川酒造」。

福島県のほぼ中央に位置し、東北の酒蔵にしては比較的穏やかな自然環境にあります。日本酒造りに欠かせない冬の寒さをもたらしてくれるのは、磐梯山から猪苗代湖を渡って届く「磐梯おろし」。自らを「風の酒蔵」と呼び、風の恵みに感謝するとともに、風通しの良い環境づくりに取り組んでいます。

今回は、笹の川酒造の社長・山口哲蔵さんと、奥様であり前杜氏の敏子さんにお話をうかがいました。

青天の霹靂だった杜氏就任

社長の山口哲蔵さんと、奥様で常務兼杜氏補佐の敏子さん

2016年、前杜氏の退職に伴い、社長の奥様が突然杜氏に任命され就任するという出来事があった笹の川酒造。一体どのようなエピソードがあったのでしょうか。

「最初は、無理です!と断りました」

と笑って話すのは、前杜氏で現在は杜氏補佐を務める、山口敏子さん。

「杜氏なんてできるわけがない、無理だと思いました。ですが、蔵人達や福島県ハイテクプラザの鈴木賢二先生に相談したところ、『手伝うからやってみれば』と言われたんです」
(※福島県ハイテクプラザ:福島県が県内における工業の振興を図るため設置した公設試験研究機関)

1年目は何とか形にはなったものの、2年目からは1年目の反省を活かし、改善に改善を重ねた、と話す敏子さん。

「最初は、蔵人達の会話が全くわかりませんでした。一体何を言っているのだろう?という感じで(笑)」

酒造りが全くわかっていなかったため、疑問に思ったことや反省点をどんどんメモにしていき、壁に留めていったという敏子さん。

「メモしたものを綺麗にノートに書き写すことはしませんでした。その時の疑問をそのまま残していくようにしたからです。だから、重複もあります。また同じことを書いている、という感じで」

2年目になると、酒造りについて蔵人と対等に話ができるようになり、敏子さんの真剣さに心打たれた蔵人達も、より協力的になってくれたといいます。

「2年目にできた酒を飲んだ蔵人が、『今年の酒は去年よりずっといいね』と言ってくれました。でも私は、どう良くなったのかがわかりませんでした(笑)」

杜氏就任2年目でできた「袋吊り大吟醸酒」が鑑評会で金賞を受賞するという快挙を成し遂げた敏子さん。

「私の実力ではなく、蔵人が金賞を取るだけの技術を持っていた、ということです」

自分はたたき上げではないので、杜氏としての土台がない。あまりにも経験値が少ないため伸びしろがない、と考えた敏子さんは、ご縁があった佐々木政利氏(元大和蔵酒造杜氏)に、杜氏の仕事を基礎から教わることにしたと話します。

「約3年間、現場に来て頂いたり電話でやりとりをさせてもらいました。杜氏の仕事はこういうものだということを、そこで初めて教わったんです」

2022年からは、敏子さんに代わり、佐々木氏が杜氏に就任。敏子さんは杜氏補佐という形で酒造りに関わることになりました。

走り続けた杜氏としての日々を思うと、他の人に杜氏をお願いすることに複雑な気持ちは無かったのでしょうか。

「全然!!現杜氏も、蔵人達も、みんなお酒の1本1本を我が子のように思っています。酒造りや、日本酒に対する想いというのは、みな同じです」

敏子さんの言葉からは、現杜氏や蔵人達への信頼が伝わってきました。

敏子さんは、自分が杜氏になったことで、結果的に会社と蔵人達の距離が縮まった、と語ります。
敏子さんの真摯な取り組みが蔵人達の心を動かし、蔵全体が団結した結果、さらに良い日本酒が出来上がったのではないかと感じました。

笹の川が求める酒質

酒類業界に尽力した功績を称え、黄綬褒章を受章した9代目当主山口哲蔵の像

笹の川酒造が目指す日本酒とはどのようなものなのでしょうか。

「キレを一番大切にしています。キレを出すには、お酒を搾るタイミングが重要なんです」

笹の川酒造が目指す酒質は、お酒の味がいつまでも口の中に残るものではなく、口の中を洗うようなキレがあること。そのため、発酵を終えた醪(もろみ)を搾る「上槽」のタイミングを見極めることに力を入れている、と敏子さんは語ります。

「醪を分析し、データを見る醪の状態を観ながら搾るタイミングを見計らいます。一日違っても味わいは変わる。日本酒は生き物ですから」

刺身の生臭さを消したり、口をサッパリとさせて次の料理に箸を進めさせてくれるような。美味しい食事と楽しい会話、そしてキレのある脇役としてのお酒こそ、笹の川酒造が目指す食中酒だということです。

新しい試みである「契約農家」

笹の川酒造で造られている酒母

笹の川酒造は、2022年から農家と契約を結び、米は全てその農家から仕入れることにしました。福島県産の酒米「夢の香」と「福乃香」を、ほぼ全量使用しています。

笹の川酒造は、長年の間、あえて契約農家を決めないようにしてきました。
気候が違えばできる米は毎年違うため、できた米を見て、どこから仕入れるか判断してきたというのが理由です。

しかし現在は、福島県喜多方市熱塩加納町の農家、上野さんと契約を結んでいます。
なぜ、上野さんと契約を結ぼうと思ったのでしょうか。
それは、上野さんの米作りへのこだわりにあったと敏子さんは言います。

「多くの農家は、田植えや稲刈りの日程は毎年同じ。ところが、上野さんはそうではなく、その年の苗の育ち具合や稲の様子を見て、日程を決めているんです。また、上野さん以外は田んぼに立ち入れないという徹底したこだわりがあります」

元々は食用米を栽培していた上野さんですが、酒米の栽培を始めてからたった2年で、「福乃香」は農産物規格規定の1等、「夢の香」は2等の認定を受けました。酒米で1等を獲るのは、とても難しいことなのだそうです。
上野さんの栽培のこだわりや技術の高さに全幅の信頼を寄せ、契約することに決めた、と敏子さんは話してくれました。

ちなみに上野さんのお米で醸したお酒でおすすめなのは、「特別純米 山桜」。ワイングラスでおいしい日本酒アワードで金賞を受賞しました。柔らかな口当たりと爽やかな酸味が特長です。

普通酒から特定名称酒へ

酒の神様を祀る、京都の「松尾大社」から御分霊された祠(ほこら)が奥に見える

笹の川酒造の日本酒は、地元では長い間「普通酒」として認知されていました。日本酒といえば笹の川、というイメージが定着するほど、大量生産しては出荷する「大衆酒」の酒造メーカーでした。

しかし、平成2年国税庁により「清酒の製法品質表示基準」が適用され、本醸造や吟醸酒、純米酒といった特定名称の表示が義務付けられることに。その結果、「普通酒」か「特定名称酒」かが、消費者が日本酒を選ぶ時の基準の一つになったのです。
その結果、「笹の川さんは普通酒だよね」と言われ、消費者に選ばれなくなった時期があった、と敏子さんは話してくれました。
ところが最近では、笹の川酒造の日本酒をメニューに入れ、積極的に提供している料理店も出てきています。

「うちの料理には、笹の川さんの酒が一番合うんだよなぁ…と言われて、とても嬉しかったです」

キレのある食中酒を目指し、良い酒を造ろうと奮闘した結果、地元に愛される日本酒となっていることがよく伝わるエピソードでした。

笹の川酒造の「袋吊り大吟醸 原酒」

敷地内には、鳥居も。酒造りが神聖なものであることを認識させてくれる

「笹の川 袋吊り大吟醸 原酒」は、鑑評会のために造った日本酒。醪(もろみ)を酒袋に入れ、圧力をかけずに自然の力でポタポタと落ちる酒の雫を集めた貴重なお酒です。醪の粒を押しつぶさないので、雑味のないクリアな味わいが最大の特徴。薫り高く口あたりはきめ細か。繊細な旨味が口いっぱいに広がります。

生産量が圧倒的に少なく、一升瓶で100〜200本しか取れません。そのため、地元の飲食店や、付き合いのある方へのみ販売されており、県外に出回ってはいません。

「食中酒というよりは、乾杯の時、または寝る前の寝酒として、美味しいお酒をちょっとだけ飲みたい時におすすめです」

と敏子さんは話してくれました。

風の酒蔵・笹の川酒造で、杜氏として奮闘した敏子さんが醸した貴重な日本酒を、ぜひ味わってみてはいかがでしょうか。

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